Category Archives for "人間関係の悩み"

【要注意】アドバイスをしてはいけない人々

昔、ロサンゼルスに引っ越そうと思うんですが、

という方が、お茶してください、って

Facebook経由でリクエスト来たので、

共通の知人もいるしなあ、とお会いしたのですが、

やはり内容は、100%、その方の「相談」。

しかも、住心地は〜、とかじゃなくて、

ロサンゼルスでの仕事の相談…。

すっかり無料コンサルになってしまいました。

 

途中から、あ、しまった…と思ったのですが、

当時、私はまだまだお客さまに飢えていて、

これが仕事のきっかけになるならば、という

淡い期待もあったんですよね。

似たようなケースはいくつかあったけど、

お金になったことは、ほぼなかったなあ。

 

相手が友だちだとしても、結構、気をつけないといけなくて、

「お茶しましょう〜」って言われていくと、

95%の時間、ビジネスコンサル的な相談ごとで終わったりもする。

 

こういうこと、仕事でやってるの知ってるくせに〜

こっちだって、さんざんお金と時間かけて、学んできたのに〜

という心の叫びを我慢して会ってても楽しくないな、と思い、

断る機会が増えたりもしました。

 

存在価値を無視されたようで、悲しくもなります。

しかもお茶もご飯も当たり前に割り勘だったりして、

俺、何やってんの、と、虚しさを通り越して、

軽い怒りさえわいてきたり(自分への、も含め)。

 

持ちつ持たれつ、の反対側が思いつかないから、

利用されちゃった、みたいに感じたのでしょうね。

あちらは、当然、「持たれつ」があれば、

喜んで助けてくれただろう、とも確信しています。

だから、たまたまそういう時期で、そういうトピックスだった、

というだけなんだけど、小さな自分、です(涙)。

 

でも、もわっとしちゃう理由がもうひとつ、実はあって、

そういう風に無料相談を気軽にする人たちに限って、

結局、人のアドバイスなど聞きゃあしない

って、ことがあったのだと思います。

 

自分に合わないとか、もっとすぐに結果が出るやり方はないのか、とか、

楽な近道ばかりを、実は追っている。

商品にしても、自分が良い、と思うものをゴリゴリと押すばかりで、

決して、求められる形に変えようとはしなかったり。

 

言いながら、お前もやん〜って痛くなってきますが(涙

はい、すべては自分への学びですね。

 

最近も、とあるセミナーの、とある講師さんが、

「アドバイスをしても、実際にやる方は、

ほとんどいません!」

 

と言い切っているビデオを見てて、

ぶんぶん、うなづいたばっかりでした(笑)。

 

その先生のお話には気づきが無数にあったので、

こつこつと始めてみたりもしています。

人間、いくつになっても、学びでございます。

学ぶとは、「変わる」ってことだよな、とも実感する

58歳の冬なのでございました。

いい人をやめるのも、断捨離
50代からの人生の断捨離とは?

 

 

拗ねないってことが実はとても難しい

とあることに申し込んでいたのですが、

いろいろあって、ちょっと焦らされていて、

なんだかだんだんと、「いいよ、じゃあ、要らないよ」と

興味を失ったふりをして、逆にアラ探しなどしている自分を発見。

 

そもそも、たいして欲しくもなかったしね。

ま、別な道を選ぶ人生は、もっと楽しいかもしれないんだ。

な〜んて、これじゃあまるで「酸っぱい葡萄」の童話みたいです。

 

仲良かった人が、急に別な人と接近してるのを知ると、

自分が軽視されたみたいで、不機嫌になったり、怒ったり。

そこで素直に「私、寂しいの」って言えばいいのに、

彼らのことを悪く言ったり、自分から逆に冷たくしてみたり。

 

拗ね拗ね病は、症状としていろんな出方をするから始末が悪いですね。

 

でも、これって、なんというか、自覚が難しいときもあるし、

自分を正当化しまくってるから人からも見えにくい場合があるし、

でも、ものすごい自然に出てくる防御本能でもあったりで、

やめるのが難しかったりもします。

 

正直に、さみしい、つらい、くるしい、かなしい

そう言えればいいのに、隠そうとするから、結果も曲がる。

大人だから、自分のことくらい、なんとかしたいのに。

自分の問題を、他人の問題にすり替えて、

解決したふりをしてみても、何も事実は変わらない。

 

ほしいものを隠しても、欲望の種はそこにある。

すでに持ってる人を悪く言ってみても、

自分の手元に移ってくるわけもなく、

欲しくないふりをしてみても、心の中では知っている。

手に入れられてない自分が、残念すぎて、

なぜ、自分じゃないのかと悲しく思っていることを。

 

選ばれた、あの人。

選ばれなかった、私。

うまくやった、あの人。

うまくできなかった、私。

モテモテな、あの人。

孤独な、私。

 

心の闇を見ることは、ときにとても怖いのですが、

そこで膝を抱えてうつむいている「自分」を見つけて、

悲しかったね、さみしかったね、って頭を撫でてあげるのが、

一番必要なことだったりもするのですよね。

 

この本がこの辺のことを良くまとめて書いてくれています。

キンドルのアンリミテッドがあれば、「無料」で読めます。

先月は、980円で20冊ほど本をダウンロードして読みました。

もう、手放せないサービス…

ってのが、どんどん増えて困ります(涙

言葉を惜しまず贈り合おう。心を暖かくするのは簡単だ

ハワイに移住して良かったな〜と思ったのは、

皆がハグして、笑顔で温かい言葉かけ合って、

励まし合って、認め合って、褒め合って、

ってことが、「当たり前」だと気づかせてくれたこと。

 

デフォルトは、土地によって、変わるんですよね。

 

日本語になると、どうしてもシャイ度がマックスになってしまうし、

そもそもそういう習慣がないところで、ひとりだけできにくいし、

家族や友だちに、I love you〜なんて、言えないですもんね。

 

でも、褒めることはできるじゃないか。

励ますことは、できるじゃないか。

 

もっともっと「言葉」を惜しまず、ふんだんに使おうよ。

言葉に思いを託して、どんどん贈り合おうよ。

 

そんな風に思う。

 

 

なぜ、人は言葉を惜しむのだろう。

きっとそれは、「拒絶が怖いから」。

「スルーされると、自分がバカみたいだから」。

 

そういう怖れから来るものなのかもしれない。

 

でも、人の反応を期待して言うことが、そもそもおかしくて、

自分が言いたいから、言う。

そこで、完結、でいいはずですよね。

 

それをどう受け取るかは、「相手の問題」。

そこを、混同しちゃわない。

 

人間関係が楽になる基本、アドラー心理学の

タスク(課題)の分離がちゃんと理解できて、実践できると、

言葉を惜しむことは、きっとなくなります。

 

今の街でも、散歩中にすれ違う車の運転手さんが、

右手を軽く上げて挨拶してくれる。

目が合えば、誰もがニコッと笑顔を投げてくれる。

 

無視、しない。

 

「人として」の存在を認識してくれるだけで、

心はこんなに暖かくなるものなんだな、と感じます。

 

おめでとう、すごいね、良かったね、素晴らしいね。

そんな言葉を、SNSでも何でも、惜しまず使う。

 

きれいだね、かっこいいね、素敵だね。

相手を褒める言葉をいっぱい覚えて、いっぱい使うと、

それだけで、自分まで暖かくなるから、

この冬、どんどん試してみてくださいね。

 

できない自分を発見したら、ここ要チェック。

人をほめられない人の7つの理由

人は移り変わる車窓の景色のようなもの

Facebookって、昔の「今日」の投稿を見せてくれたりしますよね。

ほぼ毎日のように上げたりしているし、

7−8年前まで遡ってほりおこしてくれるので、

過去に投稿がなかった日の方が珍しく。

かなり毎日、なんらか出てきます。

 

写真がどーんと来るので、ああ、なんかなつかしい〜と思って開けてみると、

そこにコメントがいっぱいあったりして、

誰が何を言ってたんだっけ〜って眺めてみて、

愕然、なんてことがあります。

 

たかが5年前の投稿でも、あるいは3年前だとしても、

そのコメントしてくれてる方々とは、すでに

 

疎遠

 

だったりもして。

 

しかも、そのことに全然気がついてもないし、

意識すらしてないし、

気がついたら、いつの間にかコメントがなくなり、

いいねすらしなくなり、

互いのタイムラインに優先的に表示されなくなっていったって感じ。

 

リアルなおつきあいでもそうですが、

SNS上のおつきあいなんて、まさにそんなもの。

そこに無理矢理、意味づけしたり、深刻に考えたり、

特定の人のことで悩んでみても、しょうがない。

 

嫌ならばさっとブロックすればいい。

と、改めて思います。

 

でも、その人と、また親しくなることもあるんですよね。

一周回って、下手したら仲良しになっちゃったりもして。

 

一時期、ちょっと波長が合わなくなっていただけで、

それは決して永遠のことじゃない。

 

 

なんか、人との関係の移り変わりって、

車や電車の窓から眺める景色みたい。

 

人生、あるいは時間、という乗り物は、すごいスピードで動いているので、

気がつくと、目の前の景色が変わってる。

 

皆、乗ってる乗り物が少しずつ違って、

進むスピードが違うわけだし、方向だって違うしね。

 

ずっと同じ景色が見えてたらつまんないし、気持ち悪い(笑)。

成長がないってことなのかもしれないし。

 

時折、下りの列車に乗って、

以前見た景色に戻ってみるのも、悪くない。

 

自分がどれだけ前に進んでいたのかもわかるし、

前に進むばかりが、人生を豊かにするわけじゃないってことも

過去に教えてもらえるからね。

 

それもこれも、今の自分が

愛おしい時間を過ごせているからなのでしょう。

今を好きになれば、過去のすべてが宝物になる

 

グローイングアパート。成長の方向が違う二人は一緒にいなくてもいい

結婚しているクライアントから、伴侶との関係について相談されることもあります。

正確には、私のやっていることは、相談されて答えを言うようなことではないので、

セッションの中で、そのことがテーマになる場合がある、という表現が正しいですね。

 

たいていの場合、それは、

 

未来に希望を持って、勉強して、本読んで、講座行って、

いつかこうなる!と夢見ている「奥さま」が、

 

何にもしないで、のんべんだらりとしている、

茹でガエル状の旦那さんについて語ることが多い、かな(笑)。

 

 

それはアメリカでも、似たようなケースが多いようです。

 

ドラマでも映画でも、私お得意のリアリティショーでも、

そんなのいっつもやっている。

 

そのときに出てくる言葉が、これ。

 

Growing Apart = グローイングアパート

 

成長の方向性が違って、どんどん離れて行っちゃった、って状態ですね。

 

 

私も45歳で火が着いちゃって、勢い良くエンジンふかして急発進したものだから、

相方さんは驚いていました。

 

自分は、そんなの当たり前でしょ〜と信じていたし、

相手も同じように思っている、と勝手に理解していたので、

「先にロサンゼルスに行って準備しとくね」って意気揚々と飛び出した。

 

でも、あちらにとっては、それほどの変化を望む遺志もなく、理由もなく…

だんだんとすれ違いの距離が広がって、結果、LAとハワイで別居状態。

 

その間に、またいろいろあって修復ドラマがありまして、

今は、あんまり離れすぎないように、お互い「伝え合う」ことを意識して

犬の力も借りつつ、なんとかやってます(笑)。

 

 

人の成長は、同じじゃない。

速さも、進む方向も、それぞれに違う。

 

人生のある一瞬に、それがバチッと重なったから、

結婚しましょう、一緒に暮らしましょう、となったんだけど、

いつしか「違い」が顕著で重くなっていき、

自分の成長を阻むお荷物にすら見えたりもするのです。

 

で、どうしたら、というのは、まったく人それぞれで、

答えのあることではありません。

 

ここで意を決して、ひとりになって頑張ることが答えの人もいれば、

違いを有難がり、その中で折り合いをつけ、

何が自分にとって一番大事なものなのかを見つけることが、答えの人もいるでしょう。

 

 

ここで知っておくべきは、

Growing apart こそが、デフォルトであり、当たり前であり、

同じ、なんてことは、まったくないんだよ、ってことですね。

 

他人は意図して変えることはできません。

できるのは、あなたが変わることだけ。

 

で、気がつくと、向こうもいつしか同じ方向を向いて、

また同じ未来を見れたりすることもある。

 

見れないこともある(笑)。

 

としたら、見れないことを受け入れて、それでも別にいいじゃない?と

自分が心の持ち方を変える方が、きっと楽かもね。

 

これは、友だちだって、一緒ですよね。

人とわかりあえるは幻想か?

 

結婚はしたほうがいいんです

Facebookで知人が、私も大好きな斎藤一人さんの言葉を紹介していました。

「結婚」に関してなのですが、ちょっとオモシロイので、ここに全文掲載。

一人さん流の落語みたいな「粋」な話として、読んでくださいね。

====
結婚は
したほうがいいんです。

結婚式をしているときが幸せで、
別れたときは倍しあわせ。

そのうえ、
夫婦でいる間に修行になるんですから。

何のための修行かというと、
人は人を変えられないという修行です。

そのことを学ぶために、
相性の悪い人間同士が一緒に合宿するんです。

結婚という修行を乗り越えるには、
まず、
相手に絶対期待しないこと。

それから、
相手を絶対変えようとしないこと。

このふたつしかありません。

結婚はしたほうがいいんです。

斎藤一人
====

笑いの中に、さりげなく真実と、学びを忍び込ませて、

すっと人に暖かさを届ける一人さんらしい言葉で、私はニッコリしました。

 

ただ、その投稿のコメントには、いろいろと違う解釈した方々がコメントされてて、

「この人は幸せな結婚を知らないのね」とかおっしゃっていたりして。

言葉って、やはり背景がわからないところに出ていくと、

誤解はつきものなんだな、とあらためて感じた次第。

 

私も、「人に期待しないこと」を痛い思いをしながら学んできたひとりです。

「他人は変えられない」も、激痛を伴いながら(笑)、潜在意識に落とし込んできた。

コーチングでも、人間関係に悩むクライアントに、盛んに言うのです。

変えられるのは、自分だけなんですよ、と。

 

不思議なことに、自分が変わると、いつしか相手も変わっていったりする。

状況が変化したり、気づくと、その人がいなくなっていったりね。

自分は自分の課題に集中し、

相手のことは、違う感覚、違う生物として、リスペクトして距離を置く。

 

当たり前、と思っている自分に気づき、

その当たり前にスポットライトを当てて「感謝」をする。

すると、自分がまず、楽になります。

 

私もパートナーと出会って、もうすぐ26年になろうとしていて(驚)、

相性は最悪ではなかったし、うまくいっているときの方が多いわけですが、

でもやはり、だからこそ、「違い」を尊重することが大事なのだと学び続けています。

痛みの中で(笑)。

 

犬が後ろで散歩に連れて行けと唸っています。

ここにもまたひとり(一匹)、修行をさせてくれる貴重な存在がいてくれて、

ああ、本当にありがたい、よね(涙)。

見逃した方は、読んでみてくださいね。

「夫婦神話」を捨てると、なぜ幸せになれるのか?

 

【告白】ママ友の会が嫌じゃない自分に驚いています。彼女の中で何が変わったのか?

 

1年前、新しい場所に引っ越したばかりで始まったコーチングセッション。

ぐるっと1年経って、今、2巡目に入ったばかりですが、

人って、驚くほど変わっちゃうのね、と私も認識を新たにするほど、

生きるのが、とても楽になっているアラフォー女性がいます。

 

あの頃は、とにかく人が怖いという感じで、

集まりが苦手、会話が苦手、

どこにも行きたくない、誰にも会いたくない状態。

 

でも、それだと情報も集まらないし、

子育てやら新しい土地での生活やら、ご主人のおつきあいやら、実際困ることもあり。

 

そんな彼女が、2年目のスタートに際して送ってくれたレポートで、

こんな言葉を書いていて、ニッコリ、嬉しくなるわけです。

 

「近所の女子会に行くようになったり、ママ友が増えたので

 大人数でいる機会が以前より増えたが、嫌じゃなくなっている気がする。

 ともすると、人とお喋りしているのが好きかも…

 と思っている時がある。

 私は人の背景を知らずに妄想ばかり膨らませ、

 色んなことが勝手に怖くなって動くことができなかったんだと実感。

 コーチングのお陰で、人生を生きているという感覚が出てきました」

 

セッションでは、こんな声も聴くことができました。

 

「6月に見た【会話力の磨き方】講座が本当にすごくって、

 あのおかげで開眼した部分が大きいんだと思います」

 

ほう、それはそれは、嬉しいな〜♪

会話力とかって、コーチングと同じことなのですが、

皆、すでに持ってるものに気づけば、それで良かったりするんです。

あと、一番、根っこの部分の前提条件が間違ったりしてると、

その先も全部、間違った方向へ行っちゃうので、

その、前提条件となる「姿勢」を整えてあげればいい。

 

それだけで、なんだかスッと楽になるものなんです。

テクニックとか、マナーとか、どうでもいいんです。

これ、英会話にもつながることなんですが、表面的なことではなくて、

「心」あるいは「マインドセット」の問題が7割くらいある。

 

そこに、3割の簡単テクニックを乗っけていけば、

ほら、あなたも一瞬で、会話上手(笑)。

 

講座では、その7割のマインドのお話しに加え、

3割のテクニックもたっぷりとお話しています。

特典として、音声セミナーもおつけしているのですが、

おかげさまで講座自体が、とても好評なので、第2特典として、

「会話力アファメーション」なるものを追加しました!

 

10分の解説ビデオつき、日々の暮らしに役立てる

会話力が一瞬で上がる10のアファメーションをダウンロードいただけます。

これまでご購入くださった方も、例のページに行くと、

いつの間にやら追加されていますので、ご覧になってみてください。

 

価格は、今なら、まだ据え置きOK。
(その内、予告なく上がってますのでお気をつけを〜)

ご希望が多々ありますので、銀行振込でのお申込みにも対応しました。

人生100年時代をイキイキ楽しむ
【会話力の磨き方】講座


チラ見せの予告編もご覧いただけます〜。

フェイスブックやSNSに「リアル」を求める勘違い

友達申請にピリピリ深刻な人々

Facebookの友だち申請に、いちいちウルサイ人っていますよね。

「会った人しかつながりません」宣言をしたり、

「メッセージもないような失礼な人はお断り」と言い放ったり。

自己紹介欄にわざわざ書く人もいるし、

もう我慢ならねーとばかりに、投稿欄で不満をぶちまける人もいる。

 

見てると、やっぱり、それ相応の年配の方が多いようですが、

そういうの見るたび、

面倒くせー

とスルーしちゃう私ですが、皆さんはいかがでしょう。

 

いったい何を怖れているのだろう、と思うのですよね。

そういう方ほど、何度も何度も、同じ苦情的投稿を繰り返してて、

結局、なんの「防御」にもなってないってことですよね。

いい加減、諦めて、上手に折り合いつけたら?と思うのです。

 

誤操作で友だちリクエストしたら驚きの絡みが

Facebookさんも、いろいろ工夫してて、友だちの候補を紹介してくれますよね。

ときに操作を間違って、おすすめされた人のボタンを押してしまったことがあったようで、

こんな感じのメッセージが即刻、飛んで来ました。

 

「メッセージもついてないので、お間違えかと思われます。

友だち数がマックスに近いので、メッセージもない方は、基本お断りしています。

もし何か理由があってのことでしたら、あらためてお知らせください。

でなければ、お間違いということで処理させていただきます」

 

ゲゲ、あなた、何者?(涙)

 

なんか、丁重だけど、とってもエラソーで奇妙なトーン。

これ以上、絡みが発生するのは時間の無駄と思って、

「誤操作で行ってしまったようです。失礼しました」と返して終わりたかったのですが、

さらにまたメッセージが返ってきました。

 

「大丈夫ですよ。お気になさらないでください。

日に20〜30も、メッセージのないリクエストが来ますので、

私は慣れていますから」

 

うわっ、暇なおかた…(号泣)。

間髪置かずに来るのだけれど、一日中スマホを見ているのでしょうか…。

いろいろな人がいますね、本当に(脱力)。

 

日常で会えない人だからこそつながりたい!

少しグダッとした気持ちになっていたところに、ちょうど別な方からメッセージ。

友だちリクエストが来て、プロフィール見て面白そうだたったので、

即刻、承認した方でした。

 

「友だち承認、ありがとうございます!

日常では中々 出会えないような方と交流したく、繋がるご縁に感謝しています。 」

 

だよねー、だよねー♪

 

もう思わず、首をブンブン振ってうなずいてしまう私(笑)。

 

SNSのメリットって、時間も距離も文化も言葉も何もかもを超えて

つながれるってことじゃないんでしょうか。

 

リアルで会えないからこそ、価値がある。

 

少なくとも私はそう感じていて、だからこそ、楽しく続けています。

 

道具に使われず自分がコントロール権を握る

海外にいるから、より恩恵が深まるのです。

人と繋がりたくない、という方も多くいるのを知っていますが、

私は「繋がりたい人とだけ繋がれる」から、

超便利な発明〜と思って暮らしに役立てています。

 

嫌なら単に無視すればいいだけで、

いちいち白か黒か、明確にしなくてもいいではないですか。

 

上記の、どっちの人と仲良くしたいかと言ったら、

もう明白ですよね〜。

価値観の合う投稿をする人なら、「いいね!」をいつもするし、

そうすれば、優先的に上に上がってくるようになります。

こちらにも出やすく、向こうにも出やすくなり、関係が自然と深まっていく。

 

だから、無理に何かを操作しなくても、大丈夫なんです。

本当に見たくない人は、アンフォローしちゃえばいい。

たかが道具なのだから、いちいち振り回されない。

自分が「主人」となって、道具を使っていきたいなと思うのです。

 

Facebook疲れ、とか言うけど、疲れたら休めばいい。

スマホを置いて、自然の中に出かけましょう。

コントロールされてないで、自分がコントロールする側に立つ。

何がなんでも、自分ファースト。自分優先。

 

時代のキーワードは、「ゆるいつながり」と言われます。

こうでなきゃ、と自他を縛るのは、もうオワコンにしましょう。

メリットだけを噛み締めて、デメリットは無視しちゃう方法論です。

「ゆるいつながり」がしあわせ感アップにつながる理由

 

 

私って可愛そうを演出する親と向き合う修行

お母さんを幸せにしたくて生まれてきた

お母さん、僕たちは皆、

お母さんを幸せにするために、生まれてきたんだよ。

だから、お母さんが悲しそうにするのが、本当に辛い。

 

可愛そうな、お母さん。

僕がいなきゃ、私がいなきゃ

僕がいたから、私がいたから

僕がダメだったから、私がいけなかったから…

どんなときにも、そんな風に罪悪感でいっぱいになりながら、

僕らはいつも、お母さんのことを思っている。

 

本当はお母さんはちゃっかり幸せ

でも、悲しそう、不幸せそう、というのは実は幻想で、

お母さんはお母さんで、

自分なりに幸せな日々を過ごしていたりするのですが、

でも、それを言ってしまうと、

このからくりのバランスが成り立たなくなるので、

あんまり口にしてくれないもののようです。

 

本当は、お母さんはあなたよりも大人だし、図太いし、

ずるいし、賢いし、抜け目ないので(苦笑)

放っておいても大丈夫なんですよね。

赤ん坊じゃないんだから。

 

かわいそう、と思っているあなたの潜在意識を上手に刺激して、

あなたをつなぎとめているだけだったりするのです。

「愛情関係」と思い込んでいるところに、落とし穴が隠されている。

(親子の愛情を否定する文脈ではありません。)

 

僕が、あなたが、今の人生において幸せを感じて生きていれば、

本当は、それでもうミッションは完了。

お母さんだって、それで最高に幸せなんです。

口では何を言おうとも、魂レベルでそれを知っています。

だから、まずは自分が幸せになることなのですよね。

 

あちこち痛い?楽しそうに生きている母

うちの84歳の母も、40代から肥満で高血圧で、

割とすぐに寝込む人で、プチ糖尿もやって、乳がん全摘もやって、

あっちが痛い、こっちが痛い、と足を引きずり、

不満を言いながら、父親を執事のように使っていましたが、

父より長く生きています(笑)。

 

長生きなんか、するもんじゃないわ〜って言いながら、

終日、韓流ドラマに釘付けです(笑)。

なんだかね。

母のいる家に帰ります

そんな母の待つ実家へと、また修行に出かけねばなりません。

千葉市ですが、幸い、停電は台風翌日の深夜までで終わったようです。

まだまだ復旧に時間がかかる場所があるようで、

長いこと千葉県民でしたので、心を痛めております。

 

9月28日(土)の午後、2枠だけ、

スポットセッションの予定が残っています。

継続プランに進んだ方には、スポット分は値引きしています。

なので、実質、無料体験って感じです。

 

でも、事前の問診票で自分とがっつり向き合っていただきつつ、

当日は120分、どっぷりと密度濃く高次元トークをしますので、

それだけで見える世界が変わります。

セッションの予約はこちらから

 

2020年が、もう目の前ですね。

輝かしいオリンピックイヤー。

自分自身に、どんなメダルをかけてあげられるかな。

人生、2度目の東京オリンピック。

私もとても楽しみです。

 

東京タワーのふもとでお会いしましょ。自意識過剰はもう卒業

引きこもりがエネルギー充電する場所

9月の下旬に日本にうかがいます。

9月25日(水)に、いつも楽しみにしている交流会も行われます。

私は、到着日なのですが、都内のホテルで小休止してから、

エネルギー充電して、うかがいます!

ふだんは個人主義で、引きこもりな私ですが

人に会うと、エネルギーがいっぱいに充満していくのを感じるのですよね。

 

人見知りな自分を許しつつ社交をスキルとして身につける

ワタシって、こう見えて人見知りで〜とか、いい歳して言ってる人は、

結局、自意識過剰なのです。

まるで思春期の子どものように、

「自分にばかり」意識のベクトルが向いている。

だから、人の目線や、人の動きや、人の言葉が、

過度に気になってしまうんですね。

 

もちろん、だから,それが悪いってわけでもないし、

私は私、放っておいて、という方もいるのですが、

それ、勘違いだから、気づくと良いよ、って言いたい私は、

本当におせっかい(苦笑)。

長い長い未来のために、今、克服しちゃうと、

これからの人生で、いいこといっぱいあるよ〜ってことなのです。

 

対人不安は「不安」なだけで事実じゃない

交流会的な立食パーティは、自意識過剰を「矯正」するのに、最適の場です。

来てみれば、とーっても楽しいものだったりするし、

人の様子を観察してみれば、あー、自分の過度な心配って、

なんだかとっても恥ずかしいものだったんだなあ、

馬鹿げていたなあ、

何様だと思っていたんだろう?なーんてことに気づけて、

逆に、「謙虚」になれるからです。

 

人見知りな私が、謙虚じゃないってこと?(怒)

尊大ってこと?(怒怒怒)

 

なんて憤慨しちゃう人もいるかもしれないけど、

結局、自分のことしか見てなくて、人の真実を見ようとしていないという点においては、

そう言っても良いかもしれないです。

 

いつまで人に期待し続けますか?

人に、期待し過ぎているから、

誰も声をかけてくれない。

誰も、私の話に笑ってくれない。

誰も、私にドリンクを持ってきてくれない。

そう勘違いして、勝手に傷ついちゃうんですよね。

 

声は、自分から、かけるんです。

人の話には、自分から笑ってあげるんです。

ドリンクは、人に持っていってあげるんです。

そうやって、「主体的に」楽しもうとするから、楽しめる。

これ、何にでも共通することじゃないですか?

 

まあ、来てみれば、誰もそんな風に人のジャッジメントなんてしていません。

そんな暇なく、目の前の出会いや会話を楽しむのに、ただ夢中

次から次へと人が話しかけてくるから、忙しいんです(笑)。

 

意識のベクトルを外側に向ける

意識の矛先が、自分に向かっていると、勘違いしちゃいます。

ベクトルは、あくまで人に向かわせる。

好奇心のボリュームをマックスにして、「人」に関心を抱くのです。

へ〜、こんな人生があるのか。

へ〜、これもあり? あれもあり?

なーんだ、私って、何を怖がって生きてきたんだろうう?

バッカじゃない?

 

それを腹に落とすことができるのが、こういう無作為に人が集まるパーティだったりするんですよね。

私は、行くたびに、生き方の見本市を見せてもらって、希望感を膨らませて帰ってきます。

 

次のパーティは、9月25日(水)東京タワーの麓です。

よし、今回は勇気出して行ってみよう〜っという方は、こちらから。

生き方も働き方も多様で自由!
自由で型にはまらない、ポジティブで
自立した大人のコミュニティ
ELB交流会

そうそう、先日ご案内した「会話力の磨き方」のオンライン講座は、

こういう場にまさに最適なテキストです。

来る前に予習しておくと、リラックスして100倍楽しめるでしょう。

人生100年時代を豊かに彩る
「人とつながる会話力の磨き方」

 

内向型の私も、社交は得意です(笑)。

前者は性質。後者はスキル。ごっちゃにしないと生きるのが楽になりますね。