• Evernoteに保存Evernoteに保存

掃除の効用。書籍「お坊さんが教える、こころが整う掃除」を読んで心の鍛錬中

お坊さんが教えるこころが整う掃除の本

断捨離とか、ハワイ式風水に出会って以来、ずいぶんとお片づけは上手にできるようになってきたのです。

ハワイからロサンゼルスに引っ越した時点でかなりの見直しをしなくてはならず、せっかくの新天地なのだから、と、服も家具も車もパソコンも、全部新しくしたし、その効用たるや、言葉に言い表すことが難しいほど劇的でした。

が、「掃除」という観点で見ると、自分は全然やってこなかったな、ということに気づいたのが、今の部屋に移ってきてからのことです。

何が違うのかというと、

  1. ひとりになった
  2. 新築同様にリフォームされた部屋に移った

という2点です。

今までは、家族だったりパートナーだったり、常に誰かが一緒にいる状態だったのに、今度は完全にひとり。しかも、新品同様の部屋に移ったわけなので、どこかが汚れていたら、それは100%「自分のせい」なわけです。

入居した時の綺麗さを知っているので、ほんのちょっとの汚れも気になるのですね。流しもバスルームも、使っているだけで水アカがついてきます。90%くらい自炊生活なので、コンロもしょっちゅう使います。吹きこぼしや、フライパンからこぼれて焦げた素材が落ちたりして、週に一度の掃除でも驚くほど汚れています。

全室フローリングになったので、逆にカーペットよりもホコリが目立ちます。だから週に2回、Swifferというモップで乾拭きし、週に1度はウエットタイプのもので濡れ拭きします。

別に何もしてないし、常に網戸を閉めているのに、ホコリはたくさん溜まります。なんでやねん、と関西弁になってしまう位、不思議で仕方ないのですが、吹くたびに、ちゃんとホコリがいっぱいくっついてきますし、濡れ拭きでも黒くなります。不思議。

最近、その掃除についても、実家の大掃除のこともあったりするのですが、もう一段階、極めて以降ではないかとチャレンジしているところです。実家がそういう状態なわけなので、決して、掃除マニアな家で育ったわけではありません。自分の部屋をピカピカにするなんてことも、かつてしたことがないくらい。

掃除は基本、嫌いでした。ホコリが苦手。吹いても吹いても、きれいに仕切れない、そしてやってもすぐにまた汚れる。あの徒労感に虚しさを感じていました。

でも、オフィスはきれいに保っていました。それはやはり、きれいなオフィスは、きれいな心を育むと感じていたからです。レストランでも、汚れた店には行きたくないですよね。トイレに心がこもっていないレストランって、嫌ですよね。オフィスも同じだろう、と思っていたのです。

なのに、自宅は結構、放ったらかし? というか、前はそれほど家にいなかったんでしょうねえ。早朝に起きて1-2時間、読書をしたら、もうランニングに行って、仕事に行く支度して、仕事に行って、帰ってきたら、ご飯食べてテレビ見て練るだけ。家との関わりなんて、ほんの一瞬。少なくとも、気持ち的には一瞬。そして出ていることが多いので、部屋にいる時くらい休ませろや、っていう意識が強くて、労働になりそうな掃除には拒否反応だったのです。

でも、そんなわけで、今、急速に変わりつつあります。手をかければかけるほど、部屋は輝きを増し、愛着も湧いてきますし、居心地レベルがグンと上がります。

要らないものはどんどん増える。好きなもので埋めたい空間も生まれる。なによりキレイに保っていると、心が明るくなる気がします。

よく金運と、掃除との関連、とくにトイレをきれいに保ったり、蓋をしたりする習慣との関連について書かれていますが、掃除もそうだけど、トイレの蓋を閉めるとか、キレイで丁寧に物や場所を使うということには、かなりの「注意力」が必要です。それは、わさわさした心には難しいことなんです。

人はでも24時間、ずっと注意力を保っていろって言われてもなかなか難しいですよね。トイレに入って用を済ませた瞬間には、もう次のことをするための思考に移っている。だから、使いっぱなしで出てしまう。

トイレをキレイにしてから出なさい、蓋を必ずしなさい、と言う言い伝えは、「今に集中しなさい」ということなのかな、と僕は最近、意訳するようになりました。

稲盛和夫さんもよくおっしゃるのですが、「有意注意」ということです。意を注いでものごとを見る、する。散漫な意識でなんとなくするのではなく、意識を集中し、心をこめて行うことで、今まで見えなかったことが急に見えてくるものなんです。

社長時代、オフィスでよく床にものが落ちているのを拾っていました。社員も同じ場所を通っているのですが、見てないんですね。かなり大きな白い紙のかけらが落ちているのに、それが目に入らない。それだけ、注意が他に行っているということです。

使ったものをきれいにする、夜寝るときには必ず机や台所をきれいに整頓してから寝る、トイレはいつもピカピカでに磨かれ蓋も閉まっている状態にする。それらを実践しようと努力してみると、いかに自分の注意力が散漫で、常に先走っていて、ひとつのことを完了したかしないかの内に、すぐに次に気が移っているか、思い知らされます。

時間がないと焦るのが常となってきたせいか、よく忘れ物もするようになりました。パートナーからもいつも指摘されてきました。その度に頭に来るのですが(苦笑)、本当だからしょうがない…。

書籍「お坊さんが教える こころが整う掃除の本」は、掃除とこころとの関係について説いていて秀作です。とても自分にはそこまでできません…ということもいっぱい書かれていますが、それでも「そこまでやってもいいんだ」と思えるのは良いことです。そこまでやっても偏執狂なわけじゃなくて、それは修行なんだ、心の鍛錬のために良いのだ、と思えるのは、良いこと。

そんな状態でまた訪れた実家は、気が狂うほどにダメダメです(笑)。精神の平静を保つのがとても難しいほど、こころが整わない部屋です…。嗚呼…。

これもまた、何かの修行なのでしょうか。毎日、一箇所ずつ、きれいに整えるのをこれから1カ月近く、日課にしていきましょう。これまでの人生分の掃除をしなさい、と、課されているのかもしれません。頑張ります。

スポンサーリンク