解雇されるたびに運が開けた! 過去3度の学び体験を振り返る

shacho_kaiko

個人セッションで過去の体験を話していて、そういえば自分は何度か解雇された経験を持っているのだったと、記憶喪失状態で忘れていた過去を思い出しました(笑)。

あまりにも思い出したくないから、脳の防御本能が擬似的に記憶喪失状態を作り上げてくれたのでしょうか。

一度目は最初に務めた会社。正式な解雇、というよりも、辞める、と言ったことに憤慨されて、最初は理解を示したはずが、突然手の平を返したように裏切り者扱い。

会社に来ながら、面接があれば行っていいよ、なんて言われていたのに、突然、そんな失礼なことはあり得ないと怒られ、もう来なくていいから、とその週のお給料をいただいてボーナス前にバッサリ。

お世話になった方々へのご挨拶すら許されなくて、何が態度を豹変させてしまったのだろうと呆然としてしまいました。

二度目はハワイに行ってからなのですが、詳しくは事情があって書けないのですけど、気乗りせず仕方ないから嫌々やっていた仕事で、「君は頭が良すぎて向かない。この仕事じゃもったいなさ過ぎる」とか、変な理屈で解雇されました。

実際、あの働き方では、彼らの望む結果は出せないし、仕方なかったのですが、やりたくない事に手を染めたくなくて、中途半端な勤務態度でした。

「良かったらロサンゼルスの本社に来ないか、そこで経営の仕事を手伝ってほしい」と言ってくださったのは、逆ギレされないための知恵だったのか、少しは本気だったのか…。

さすがアメリカ、と思ったのが、即日解雇で、今すぐ店の鍵を返すように言われました。その日はシフトの関係で途中からだったので、あいにく持ってきてなかったのですが、車で家まで送るから、待ってる間に取ってきてと言われます。

そうか、アメリカでは解雇とはこういうことなのか…。信頼関係は多少はあったように思っていたので、罪人扱いされた感じが、どうにもこうにもショックでした。

(何を言ってるか分からないかもしれませんが、公にはこれが限界なので、6月9日の東京でのセミナーで具体的にお話ししますね。)

そして三度目は、ビザまで出してもらいながら、最後はトップと合わなくなり、完全にやさぐれ社員化しておりました。

何度かメールで「辞めたいのだが…」というような発言をしていたのですが、それはまあ話し合いをしたいということだけで、大事な仕事を辞めたくなどなかったのです。でもまあ、その後、どんどんと関係は悪化。こりゃあ、決断すべき時だな、自分から言うか…。

と思っていた矢先、数ヶ月前のメールを逆手に取り、「あの時の辞表を受け取るから今日付けで」とあちらからバッサリ。自分だけでは不安だったのか、弁護士や労務士と相談して「法的に有効な」手段を取ったようでした。

そんな大層なことしなくても辞めるのに…と、ここでも著しく信頼を失って問題児になっていた自分を知って、自分が悪いのでしょうが、傷つくのでした。

後から思い返してみて思う共通点は、「ロイヤリティが決定的に欠如している」とか「ちゃんと防御しないと、何をしでかすかわからない」とか思われたらしい、ということです。

解雇された会社に報復…?

報復などという言葉は自分の辞書にはないので、ついつい不謹慎にも笑っちゃうのですが、自分って、どんだけ信用ないのだろうと悲しくなります。そういう印象を雇い主に与える自分って、いったいどんなブラック社員だったのだろうかと。

誠実さだけが売りのように思い、誠実な両親にそう育ててもらったことを感謝する自分だったりするので、真逆に捉えて怯えられたりしても困っちゃうし、そこまでの誤解を与えてしまった自分に絶望もします。

でも今なら、もうちょっとよく自分が見えてきます。

自分はもっと良い場所に値する人間なんだと勝手に思い上がりつつも、実は自信がなくて動けないで苛立っている自分。

評価されたくて賢明に頑張るのに、その方向性が間違っていて、ほしい評価が得られないことに不当な苛立ちを感じている自分。

苛立ち、ロイヤリティを失い、モチベーションを失い、周りにも悪影響を与え、指示に従わず、下手すると徒党を組んで煽動しかねない「反逆者」としての自分。

そりゃあそうかあ、と、彼らが解雇したかった理由も、よく見えてきます。おとなしい真面目な子、と思ってスタートした関係なわけなので、余計、不気味でしょうねえ、その変貌ぶりは。

AB型なので、極端なんですよ、きっと(笑)。笑い事じゃないか……。

反面、その後、経営者として15年近く過ごした経験から、見えてくることもあります。

当初は有能に働いて、組織に貢献した人間が、数年経って曲がって問題社員になっていく背景には、やはりマネージメントの能力不足も確かにあっただろうと思います。心が離れて去っていく社員は、私だけではなかったからです。

すべての事例は、自分にとっては常に反面教師として使わせてもらった、絶好の「逆」テキストブックでした。

解雇されたことは、やはり今、振り返ってみても「傷」だったり「汚点」となって残ってしまってはいますが、その後の人生で、その都度、その都度、きちんと軌道修正もできたし、失敗を学びに変えることも、ある程度は出来た気がしています。

言い方を変えると「勲章」かも?とか都合の良い解釈をしてしまってもいいのかもしれません。

この際だから、してしまいましょう(笑)。

実は、次に行きたくて仕方がないのに、自信がなくて関係を切れずにいた自分を、あちらからブチッと切ってくださったのだから、感謝しなくてはいけないことなのです。

いずれのケースでも、ちゃんと次の仕事は見つかったし、そこでは、もっと意義を感じて仕事を楽しむことができました。だから、ちゃんと大事なステップアップのきっかけになったのです。

思いきれないダメな自分を見かねて、「もう準備OKだから、次に進みなさい」と、ライオンの父のように激しく崖から突き落としてくれたのだ」と、あたかもそれが宇宙の意志だったかのように意味をすり替えています。

長く生きていると、こんなことが上手になって、嬉しいです(笑)。

長い人生。いろんなことがありますよね。今、この瞬間は死にたくなるほど落ち込んだり、絶望したりすることもあるかもしれない。でも、生きていれば、きっと良いこともあります。

今は、それが具体的に見えづらいかもしれないけれど、今の痛みが勲章だと思える時がきっと来る。

そう信じて歩いていれば良いと思いますし、前を向いて歩くこと以上に、僕らにできる最善のことって、ないんだと思います。

それにしても、困った社員でした。本当に申し訳ありませんでした、と、かつて関わった経営者の皆様や、幹部、同僚、先輩、後輩の皆様には、心からお詫びを申し上げたいと思います…。