雪の土曜の雑感。人はなぜ土地に縛られてしまうのか

昨日は、数日前からニュースでも大騒ぎしていた

大規模な雷雲がやってきて、予想通りの雷と雨と風。

竜巻注意報も、出たり消えたり出たり消えたり。

安定して穏やかな温かい日が多いテキサス北部ですが、

荒れるときの荒れ方が猛々しく、怖いっす(笑)。

 

とりあえず嵐は過ぎた朝。

早朝に(日本は夜)セッションしてたら、外で雨の音。

それがだんだんと聞こえなくなっってきたな、と思って窓の外を見ると、

雨はいつしか雪に変わっていました。

 

冬に生まれたせいなのか、私はもともと冬が大好きでして、

ハワイやロサンゼルスにいたので南国好きな人と思われがちですが、

実は真反対で、暑いのは(とくに湿気が強い場所は)苦手です。

 

とはいっても、気温0度がせいぜいで、マイナスの世界は知らない。

「そんなの冬じゃねーよ」と笑われちゃうような、

激寒の地域がアメリカにもいっぱいあります。

半年以上も、太陽が出てこない場所だって、ある。

 

人は、なぜ、それでも、そこに住むのでしょうね。

人と土地の関係、みたいなことも、最近、考えたりします。

この映画の影響もあるかもしれません。


ビッグ・リトル・ファーム 理想の暮らしのつくり方

 

国を超えての移住は難しいとはいえ、国内ならば選択はある。

なのに、災害があっても、孤立しても、「ここは絶対に離れない」

そういう方は、いっぱいいますよね。

 

それって、慣れ親しんで、居心地良いから、出られない、

ということなのか、それとも、

自分はここで骨を埋める運命だから、まっとうしたい、

という、何らかの天命みたいなものを察して思うのか、

どっちなんでしょう。

 

私はとりあえず今はテキサス北部にいますが、

いつでもどこでも、動くのは構わないかな、と思っています。

ヒキコモリ系だけど、腰は軽いよって感じで(笑)、

いくつかの条件はあるけれど、それさえまあまあ満たせれば、

どこでも住めるのかな、という気がするのですよね。

 

それは、何度か大きな引っ越し体験をしてきたゆえの、

ある種の耐性というものなのかもしれません。

 

それって、「転職」とかでも、言えたりするじゃないですか。

大きな会社に新卒で入って、動いたことがない人は、

辞めるのに、とんでもない覚悟が必要だったりもする。

「ある特定の場所でしか使えない能力」を

どこでもありがたがられると勘違いしていると、

結果、受け入れ先もなかったり。

 

普遍性、というか、応用力、というか、

自分のスキルや知識や能力を、万人受けするものに昇華するために、

「動く」ということが役に立つんですよね。

 

土地への対応力も、きっと同じこと。

寒いのダメ〜、暑いのダメ〜

海がないとイヤ〜、都会じゃなきゃイヤ〜

和食がなきゃ死んじゃう〜

なんて決め込んで動かずにいると、耐性も育たないし、

世の中にまだまだあふれている楽しい未知なる世界を、

見逃してしまうかもしれません。

 

あえて、「楽」から離れてみる。

あえて、「不都合」を受け入れてみる。

あえて、「真逆」に飛び込んでみる。

そんなことが、長い長い人生を、

より豊かなものにしてくれるのかもしれませんね。

雪の土曜日の、雑感でした〜。