人はいくらあったら幸せになれるのか、の真実

写真は今日のトピックスとは、何の関係もありません(笑)。

幸せにしてくれるもの、という意味では、たしかにそうかも(笑)。

テキサスに来てから、なぜか良く食べるようになりまして、

自然食品スーパーで、5本で100円、みたいな値段で売っていると、

ついつい買いまくってしまうのですね。

甘くて、プリップリで、簡単に準備できて、本当に美味しいです。

 

この金額で、あなたは幸せ?

さて、本題の、人はいったいいくらあったら幸せになれるのか?

もちろん人によって違う「相対的」な基準だったりするのですが、

でも、ある調査によれば、年収75000ドル、という数字が出ています。

日本円で言うと、800万円って感じでしょうか。

 

それを超えると、あんまり金額の多寡で、幸福度が上がっていかないらしい、です。

でも、それ、本当かなあ〜と思うのですよね。

それじゃ全然、足りないよね、という層もいっぱいいると思います。

 

私のクライアントでも、○千万でも全然、足らない、という方もいる。

あるいは、資産○億円、年収○千万でも、

「未来が不安」

という方もいる。

この辺、激しく個人差が出るところなんでしょうね。

 

それは、「日々、いくら使っているのか」にもよると思います。

どんな日常を過ごしたいのかのスタンダードがそもそも違うわけです。

贅沢とか、浪費家とか、そういうこととは、ちょっと異質な部分で。

 

譲りたくないものは何?

私は、かつて、どこかにこんなことを書いていました。

「ホールフーズ(ちょっと高めの自然食品スーパー)で、

ひるまずに野菜や果物が買えるだけの収入はキープしたい」と。

毎朝、低速ジューサーで絞る生ジュースの習慣が今を作ってくれているので、

それを諦めざるを得ないような状況は、悲し過ぎるのです。

せめて、そこは無理せず、ルンルンと楽しく買い物できる自分でありたい。

そんな意味合いでした。

 

人それぞれに「譲りたくないもの」ってあると思います。

それを我慢しなくてはいけないのだとしたら、

とても幸せなんて、感じることは出来ないもの。

 

生きていける、ということと、

すごく嬉しい、すごく満足、

というのは、やはり違う。

 

今に満足し、足るを知ることと、更に多くを望むこととは、両立します。

それは、自然な成長願望であり、生きるエネルギーを生み出す源だと思うのです。

 

我慢ばかりじゃ苦しくなるかも

ときに、節約に励んでみるのも、本質を知るには良いでしょう。

自分にとって、本当に大切なものを見出すきっかけになりますからね。

でも、節約や我慢を「しなくてはいけない」状態が続くと、

やっぱり、豊かさマインドどころじゃなくなります。

 

成長っていうのは、希望、なんだと思います。

プリプリのとうもろこしが山ほど育つテキサスの自然のパワーは、希望そのものです(笑)。

地に足ついた成長感がみなぎっていて、揺らぎない「豊かさ」を感じさせてくれます。

 

希望を失うと、豊かさも幸せも、無縁になります。

年収の額が幸せを約束してくれるわけではないし、

クオリティ・オブ・ライフをもたらすファクターでも何でもないはず。

胸の中に満ちている「希望の質と量」。

それこそがワクワクを生み出し、日々の生きるエネルギーとなるんですよね。

 

「宇宙には無限の豊かさがある」ことを信じ、

人はいつまでも成長していけることに期待をし、

より多くを望み、流れに身を任せ、

意気揚々と、毎朝、目覚めたい。

 

とうもろこしを歯の隙間につまらせながら、

そんなことをボーッと考えておりました(笑)。

 

これなんかも、参考に。

豊かさマインド、限定マインド。
どちらで生きるか答えは歴然