諦めることから始めるリアルな未来。それは決して不幸せではない

私がやってるのは、起業塾じゃないし、お金儲けを教える学校でもありません。

それらが実現した後に訪れると皆が信じている、

「幸せ」の形を明確に描くためのデザイン学校。

あるいは、幸せの色を丁寧にキャンバスに彩るアートスクール。

な〜んて言い方したら、きれい過ぎですかね?(笑)

結局、皆、幸せになりたいだけ

結局のところ、皆、ただ幸せになりたいんです。

それ以上でも、以下でもない。

でも、幸せって、とっても曖昧で、つかみどころがなくて、

人はつい「形あるもの」」を求めてしまいがち。

それが、キャリア目標みたいなものであったり、

お金が実現してくれる「安心」で「選択にあふれる」日常だったり、

あるいは、人から賞賛と羨望を浴びてステージで輝く姿だったりするのですが、

必ずしも、その理想どおりに物事が叶うのか、というと、

残念なことにそうではなかったりするわけです。

諦めたところから見えてくる選択がある

例えば、プロの歌手になりたくてもがいたけど、どうしてもメジャーデビューは無理。

そんな場合に、それを、まずは諦めてみると、見えてくる選択があります。

メジャーデビューだけが「歌」とかかわる手段ではありません。

そして、かえって、その後になって、「ああ、自分はただ歌が好きで、

歌が歌いたかっただけだった」ことに気がつけたりする。

大きなステージじゃなくても、世界が相手じゃなくても、

満たされてしまう形が見つかるものかもしれません。

こだわり続けているときは、他の選択なんて、とても見えない。

これが実現しないならば、落伍者として、惨めな人生を生きるしかない。

そんな風にすら、思ってしまうもの。

でも、自分を幸せにしてくれる選択は、実はいっぱいあったりしますよね。

プロの野球選手を目指した人も、小説家を夢見た人も、ばりばりのキャリアレディを目指した人も、

思い通りにならない苦しさから一歩、身を引いて、

いったん「諦めてみる」

すると、肩の荷がすっと軽くなって、

突然、視界が開けていく、かもしれない。

実は、歌うステージはいっぱいあった。

実は、野球を教えることに才能を見いだせた。

実は、ブログの方が自由に書けて楽しかったとか、

プレッシャーから離れた働き方の方が、思い描いたキャリアレディより

楽でいっぱい稼げたりするのかもしれない、ということです。

幸せのカタチは、ひとつじゃない。

選択は、実は無限にある。

幸せのカタチは、ひとつじゃない。

だから、失敗なんて、どこにも、ない。

そういう前提に立ってみたら、何があっても未来は大丈夫な気がしてきませんか?

流れに素直に従って生きてきた人たちは、

意外に子どもの頃になりたかったものに「近い」仕事をしていたりします。

で、それで十分に満足だし、十分に幸せで、

それって、実際には「夢が叶った」ってのと一緒なんだと思うのですよね。

一番、残念なのは、損得ばかり気にして、

結局、何もやらない、という選択をしちゃうこと。

そんなことを、以前、福岡のセミナーで皆で体験して、

皆でへ〜って、不思議にうなったのでした。


子供の頃の夢を思い出してみよう!
夢は意外な形で現実になっている