泣きたいだけ泣いてもいい

1月19日は亡き父の誕生日でした。

元旦生まれゆえ、誕生日についての意識が薄い私なのですが、さすがに家族の誕生日くらいは覚えています。

ただ、昭和9年生まれが、2019年に何歳になるのか、という計算は難しい…。

ま、Googleさんに聞くと、一瞬で教えてくれますけどね(笑)。

生きていれば、85歳なのだそうです。

享年81歳でしたから、この夏の命日が来ると、4年になるのですね。

ちょうど会社社長を退任して、ひとりで仕事し始めたばかりのときに病気がわかり、余命1年と宣告された通り、1年後に亡くなったのですが、

まあ時間の自由があった分、日本に長期滞在したり、何度も来たりで十分に会えたし、家族全員、それとなく準備ができていた気がします。

とはいえ、ずっしりと後から来たりもするのですけれどね。

いつもは日付のことなど意識せずに暮らしているのに、この日はふと気がついて、

お香をたきながら、暖炉の上の遺影に手を合わせたりして、日頃の感謝を伝えたのでした。

先日、Facebookで、とある男性の知人が「突然、亡くなった母のことが忘れられずに悲しい」と投稿されていました。

思いを綴る言葉が痛々しくて、さぞかし、とこちらもグッと来たりするのですが、そこに、たくさんの「励ましの」コメントがついているのですよね。

「そんなに悲しんていたら、天国のお母さんが悲しみますよ」とか。

「強く前を向いて生きてくださいね」とか。

まあ、常套句のオンパレード。

もちろん優しい気持ちからなのでしょうけれど、これはでも、悲しんでいる人の前で「言わない方がいい」言葉ばかりです。

日本でもだんだんと認知が広まっているとは思う「グリーフケア」をご存知でしょうか。

人は、泣いていてはいけない、暗い顔をしていてはいけない、元気にしてないといけない。

そんな「いけない」を教え込まれるので、悲しむことに罪の意識を持ちがちです。

でも、感情に良いも悪いもなく、自然な反応なだけ。

無理に抑えて封じ込めたように見えても、心の奥底には淀みが溜まっています。

悲しくないふりして、涙が出ないようにしていると、そのうち、感情がわからなくなったりもする。

身体が突然、動かなくなったり、閉じこもったり、うつ的症状が表れて、強制停止させられます。

だから、悲しいときにやるべきことは、ひとつ。

とことん悲しむこと。

泣けるだけ泣いて、そして、それを表に出していくこと。

ただし、出す場所を間違えると、悲しみを封じ込めようとする圧力が押し寄せてくるので、理解ある人々、共感して、泣くことを促してくれる人々の前で、思い切り出すのがいいようです。

以前、ご主人に突然、先立たれた方がクライアントになったことがあるのですが、最初の2回のセッションでは、ご存じなかったグリーフケアのことを教え、

とにかく泣きたいだけ泣いていただきました。

尽きることなく涙があふれても、真っ暗で底が見えない悲しみの深さに怖くなっても、とことん悲しみ尽くした後には、必ず一筋の光が見えてくるもののようです。

男性の場合は、「男の子でしょ」と言われて泣くことを許されずに育った人が多いかと思います。

だから、必要なときにも、感情を隠す癖が強くて、泣けなかったりもする。

でも、無理しないで、喪失の痛みに肩を震わせて号泣することだって、ときには必要なんです。

泣くことも、楽に生きる上での、ひとつのスキル。

涙の効用について、こちらに書きましたので、ぜひ参考に。

涙は、心を浄化してくれる最高の処方薬

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