水泳で身体に力が入っていると一生懸命がんばっても前に進まないことからの気づき

1年と少しばかりスイミングクラブに通って、だいぶ進歩したと思ったのに、その後1年半のブランクを作ってしまったがために、またやり直しになったスイミングのレッスン。本当にトホホです…。

止めた理由はいろいろあったのですが、そこが高校のプールを借りていて、夜8時か朝5時という選択しかなかったことが一番かと思います。今は引っ越して同じクラブの別なプールに通えることになりました。そこは6時、7時、12時、夜7時といくつも選択があって、しかも自分は基本、時間が自由だし。5月の半ばにトライアスロンに出ることを決めちゃったので、やるしかありません。

しかしこの1年半。マラソンで記録を出したくて体重を落とすために筋トレも止め、上半身はちょっとカッコ悪いくらいに筋肉が落ちていました。腕立てとか腹筋とか嫌いなので(^_^;)、車生活でカバンすら持たないLA暮らしは、筋肉が落ち放題なんですね、きっと。

そんなこんなで、再開した水泳は辛いことこの上なくて、逆にビックリしてしまいました。以前のプールよりもこちらの方がレベルも圧倒的に高くて、速さ別に4レーンに分かれるのですが、最遅のレーン。そこでもついていくのに必死…? え…?(涙) しかも泳ぎ方を忘れてしまったらしくて、足はつるわ、腕は上がらないほどに疲れるわで、楽しくありません。

自分にとって、水の中で泳ぐという行為には、常に怖さがつきまとっています。途中で泳げなくなったら。途中で息が続かなくなったら。途中で沈んだら。なんかそういう本能的な恐怖がこみ上げてきちゃうんですよね、途中で疲れたり、息があがってきたりすると。それでスピードを上げられないということもあり。

これじゃあ海で1.5キロを完泳するのもほど遠いと思い、以前、日本で買ってきたクロール上達法の本を引っ張り出してきて、付属のDVDを再視聴。フム、フム。間違っていることがいっぱい見つかる。前にも見てるのに、全然忘れてる…

クロール上達本

なんかすごく良い所まで来てるんだけど、まだもう少し気付きというのには足りない、もっとブレイクスルーな、英語でいう「Aha moment(あーなるほど)」がほしいと思って、これも以前調べてみたことがあったYouTube上のスイムレッスンビデオを検索して見てみる。

いくつか見て、おー、これだーとついに分かった~!が訪れたのが、ページトップにあるビデオ。英語ではありますが、この人の泳ぎは腕と肩に力が入りまくっていて、一生懸命「掻いている」んだけれど、水の抵抗を受けまくって疲れる割には、推進力にはまったくなっていないことが見て取れます。腕の周りに空気の泡がいっぱい。肩も盛り上がって、これじゃあ長くは泳げないだろう、と素人目にも分かります。

でも、自分もこの状態でした(汗)。
それをほんのちょっとのヒントで瞬時に直してしまい、すると、明らかにゆっくりモーションになって力は抜けているのに、スイスイとあめんぼのように前に進んでいくんですね。

おお、これだよ~。これを待っていたんだよ~。やっぱ「ダメな例」を見せてくれると、とてもリアルに伝わりますね。
その後もいくつかビデオを見てイメージを焼き付け、今朝、7時のクラスに行って実践してみました。はい、効果てきめんでした。あれ、何だか…前にも同じようなことを同じように体験したことを思い出しました。まったく同じプロセスを2度、気付かずに繰り返したかも。学びないぞ、おい。よーし、これで後は泳ぎまくって、必要な筋肉鍛えて、心肺機能を水泳用に一段階強くして、本番に望んでやろうじゃないか、と意欲満々な自分が戻りました。昨日はギブアップすることをほぼ決めていたくせに。

しかしこの力を抜く感覚。水に浮く感覚。流れに任せる感覚。なんかに似ているなあと思ったら、以前受けた発声トレーニングのことを思い出しました。喉仏が息の通りを邪魔しないように喉を思い切り開けて、お腹から声を出す練習をさせられて、自分でもびっくりするくらいの大きな声が楽に長く出るようになった、あの瞬間。

あの時も、喉の周りや肩、唇、すべての力を抜くことで、パフォーマンスが最大化したんでしたっけ。声についてはずっと悩んできたので、どれだけ嬉しかったか…。

書くことも、人との対話も、アイディアを浮かべるのも、構想練るのも、人前で話すのも、走るのも、み~んな一緒だなあ、とあらためて思います。そしてきっと生きること、そのものも同じかな。全身の力を抜いてリラックスして今を見つめ、今だけに集中して生きれば、人生はもっと楽に生きられるものなのかもな、なんて考えた今朝のプールでの一件でした。