お金がないと諦めずに「作って」みては? お金は誰かにもらうものじゃない

 

経歴書クイック診断に申し込まれた方々に、

この先、自分でブラッシュアップできないようなら、

これこれ、こんな金額でお手伝いしますよ、というオファーをしたのですが、

そのおひとりから、「予算がないので、本当に残念ですが諦めます」と、

残念そうなメールをわざわざ、いただきました。

 

予算がない。

 

この言葉は、かつて雑誌やウエブの広告セールスをしているときに、

100万回くらい聞かされたなあと懐かしく思い出します。

 

いえ、ウソです。

胃がキリキリするようなPTSD的な痛みと共に、

フラッシュバックが襲ってきます、ってのが本当(苦笑)。

 

今、予算がないと言ったばかりの人が、

夜、颯爽とベンツで買い物に出かけてる姿とばったり会ったり、

街で一番高級と言われるスポーツクラブで鉢合わせしたりして、

狭い街ならではの気まずい場面に遭遇しては、

不思議な気持ちでいたものです。

 

ああ、「お前んところのサービスに使うための余分な金はねえよ」

という意味だったのかと(なぜか、危ない人っぽい口調)。

言い換えれば、

そこまでして欲しくはねえんだよ、ってことですよね(涙)。

 

必要でもない。

やったときと、やらなかったときの、違いもよく見えねえ。

 

そっか。

じゃあ、そこを一生懸命、見えるように頑張ろうじゃないか。

生真面目な私は(自己申請)、トラウマを積み重ねながらも、

切磋琢磨する材料に使わせていただいていたわけです。

健気な社長時代でした(自己申請2)。

 

でも、そのときの断る理由と、今回のように、

「本当に今、必要なサービスで、ぜひお願いしたいのだけれど、

予算がないから、諦めます」

というのは、根本的に違いますよね。

 

断りの口上ではなく、実際に、そうみたいだし、

だけど、これ、2万円とか、3万円とか、

オプション加えても、せいぜい10万円とかのもので、

大仰に予算とかいう話じゃないのでございます(悲)。

 

こういう方もまた、日々、車に乗り、家族で美味しいご飯を食べ、

クリスマスショッピングに行き、整体やらフェイシャルやら温泉旅行やら、

自分への「ご褒美」には、お金を使っていたりする。

かもしれない(笑)。

 

昨日のメルマガで、「自己投資」って、驚くほどあっという間に

元が取れちゃうものなんだよ、ってことをお伝えしたのですが、

自己投資のように見える、「自分へのご褒美」にばかり、

余剰金を使っている場合もあったりします。

で、その違いが、まったく見えてなかったり(笑)。

 

年間100万、200万、1000万とかならば、

「予算」なんて言い方も許せますが、

2万、3万、10万の世界だと、

予算って言葉、大げさすぎて、ちょっと恥ずかしい。

 

だって、そんなの、少し寄せて集めていけば、

胸の谷間ように、軽く作れてしまうでしょ。

クレジットカードって、そのための大発明品じゃないですか。

 

あるいは、ほんの少し残業したり、ほんの少しバイトしたり、

ほんの少し貯金崩したり、親や旦那や奥さんに頼んだりすれば、

簡単に用意できてしまう額ですよね。

年単位で考えてみたら、「誤差」程度にしか過ぎない数字なのだから。

 

いや、今、借金が膨らみ、マイナスで、マイナスで、

脂汗かいて日々苦しんでいるんだよ〜という方には申し訳ないですが、

お金、というものを、流動的に考えている人と、

「会社からもらうもの」と固定的に考えている人とだと、

未来への可能性も、こうやって次元が違うほどに

変わってしまうのだろうなあ、と感じた次第です。

 

格差社会の根源は、「考え方格差」にあるのです。

 

つまり、つまり、つまり、

ここからすでに、「始まっちゃってる」ってわけなんですよね。

何がって?

宇宙の法則からの「テストが」ってことです。

これ、セミナーで話すと、途端に空気が濁ります(笑)。

「自分に甘くなりがちな人」にありがちな
4つのパターンとは