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【食と健康】 結局のところ「命」を「なるべくそのまま」いただくことなのです。原始人のように

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親の家にあったはずの体重計が見つからなかったので、日本に来てからは目分量で自己調整してきたのですが、今日、妹が見つけて出してきたタニタの体脂肪計に乗ったら、なんと3キロ増!

これでも気をつけてきたのですがねえ…。4年ぶりくらいのひどい風邪を引いてしまって、2週間以上走れなかったのも大きいかもしれませんが、実は、母の手料理があんまりにも大量過ぎて、泣きたくなるような思いで食べ続けてきた1カ月だったのです…。

ベジタリアン、というコンセプトを教え、卵も乳製品も食べないよ、白い砂糖はダメだよ、玄米しか食べないよ、とここ5年ほど説明して理解を得てきたはずなのですが、それでも使っている調味料は添加物たっぷりだし、有機野菜なんて夢のまた夢だし、肉はこっそり隠し入れてくるし(Why…?)。細かいことを言っていると、ケンカになるので、黙って出されるものを感謝しながらいただいています。

もう旅も最後だし、何でも食ってやろうと自己規制を緩めたら、この数日だけでお腹もぽっこり。顔もいつの間にかむくんでいる気がする。それは添加物や隠れて入っている塩分のせいだろうなと思っています。自然の海塩や粗塩だと大丈夫なのに、添加物に含まれる、いけない塩分は全身をむくませる作用があるようです。

太るには理由があるし、健康的に見えるには、ちゃんと理由があるのです。僕はその秘密が分かったし、だから、もう元には戻りたくない。健康的に見えるということは、身体の中が健康なわけだし、それは自分が一番感じます。臓器を健康に保つのって、細胞レベルの話なので、たいへんなことなのです。だから、一度きれいになっているものを、あえて汚したくない。スポンジでゴシゴシって落とせる汚れではないですから。

周囲と折り合いをつけながら、こういう「特殊な」食生活を続けるのは、実はものすごいたいへんなことです。それを覚悟の上で、この道を選んで進むことにしているわけだから、しょうがない。ロサンゼルスに帰ったら、手作り生ジュースでデトックスするとします。

比較的新しく知り合った方々、とくに日本の方々から、一体何を食べれば身体にいいの?という素朴な質問を受けることがあります。「上野さんは食事と健康に関して、何を気にしてるんですか?」という質問。

マクロビです、ヴィーガンです、というだけでは不親切で分かりにくいらしく、でも、ちゃんと説明しようとすると、結構、複雑になるので困っていました。そして、最近はそういう目先のテクニックとか知識ではなく、もっと大きな視点で考えているだけかもなあと思い当たりました。

この7年ほどいろいろな方の「食と健康」に関する書籍を読んだり、ドキュメンタリーを観たり、リサーチしたり、自らが実験台になって試してきたりしましたが、辿り着くのは、こういうことかな、と思っています。

「原始人の暮らしに立ち返る」ということ。

は?という感じでしょうか(笑)。

いやいや、結構マジで、太古の昔には、糖尿病も高血圧もアトピーもなかったと思うのです。ピロリ菌がどうしたとか、大腸ポリープだとか、心臓バイパスとか、抗生物質とか、知る由もなく暮らしていた。

農薬だってなかった。大量生産の食料もなかった。加工食品などなかった。もちろん別な要因で寿命は短かったわけですが、でも「生活習慣病」というわけのわからない、「実は人災?」っていうものはありませんでした。

すべては「自然の摂理」によって営まれていました。人間の生活も、自然の営みの中に溶け込んで、その枠から出ることはなかった。

ところが、いつからか、農業も工業化され、大量生産するために、品質の均質化を図るため、面積あたりの単価を上げるため、自然の摂理にはない、間違った自己本位な「創意工夫」がされるようになりました。

それは食産業すべてに浸透し、もはや何が自然で、何が自然でないのか、多くの人々は見えなくなっています。味覚でも触覚でも嗅覚でも視覚でも、自然と非・自然の違いなどわからなくなってしまっています。本物とは何のことなのか。純粋とは何のことなのか。その定義も曖昧です。

そして「生活習慣病」という名の病が横行するようになりました。横行しすぎて、それはもはや常識になって、存在を疑わなくなってしまいました。79歳の母などは、まじめに信じきっています。「歳を取れば、皆、ガンになるのよ、しょうがないの」と。

でも僕には、ガンになるのがしょうがないこととは思えません。だって原始の時代には、そんな病気に「皆が」なるような状況はなかったのだから。

産業が、そして生活習慣が人を変えてしまったのです。何を食べ、どんなものを皮膚につけ、どんな空気を呼吸するか、どんな服を身につけ、どんな水を飲むか。そういう生活に関わる一切合切を、「意識的に」選択して、生活習慣を「非・一般的」にしていかない限り、「歳取れば、皆ガンになる」という常識から外れて生きることは難しいはずです。変わり者になるしかないんですよね。

僕が行う意識的な選択のためのキーワードは「自然」です。生命にあふれるものを、できるだけそのままにいただくことが、命を紡ぐことになるのだと信じています。

まだ瑞々しさを保っている命ある植物ベースのものを、できるだけシンプルな形で調理していただく。調味料も出汁も、植物ベースで農薬や添加物の入っていないものに限ります。

朝は、ケールや青りんご、セロリ、人参、生姜などを、低速ジューサーで絞って、命をそのままにいただきます。3年半前から始めたジュースの習慣で、全身の肌は生まれ変わったと思います。以前から若いと言われていたのが、さらに5歳くらい若く言われるようになったのは、間違いなくそのためです。

残念ながら、今の日本で、その生活をするのは難しいですよね。あんなに食品を工業化して、ファーストフードが主流のアメリカにいる方が、実はそれがとても簡単にできてしまう不思議。意識の高い人が集まっているエリアに住めば、そしてそれなりの収入を稼ぐことができるならば、それは可能。そういう選択の幅が、アメリカにはあるんですねえ。日本は悪い意味で画一化されていて、変わり者になるのが難しい社会なんだな、相変わらず。

健康も、知識と経済力がないと、手に入らない時代。何が身体にいいのかは、頭で考えず、身体に聞くのが一番です。そのためにも、原始時代の生活を常に頭に描いてみるのは、僕には大事な原点回帰です。食だけではなく、肌につけるものや洗剤など、生活全般において、「自然」をキーワードに考えてみると、答えは自ずと出て行くように思います。

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