アメリカ在住日本人「65歳からの究極の選択」。日本へ帰る?アメリカに残る?

『ライトハウス』

お手伝いさせていただいた『ライトハウス』ロサンゼルス版の最新号が先週から日系スーパー他に並んでいます。今回も、表紙になっている楽しそうなビール特集ではなく、左下の地味な文字の第二特集の方。だから、イヤ、ということではないのですが、紹介する時、ちょっと紛らわしいかなあ、って思っているだけです(苦笑)。

今回のテーマは、個人的にとても興味深いものでした。ハワイでは、たくさんのシニアに囲まれていましたので、まったく意識しなかったことだし、逆にハワイはシニアになってから来る方も多い場所。65歳過ぎたら日本に戻ろう、なんて、ちょっと逆行したテーマに近いかもしれないのです。

ところがロサンゼルスに来たら、急にこんな話を聞くようになりました。せっかく思いを実現してアメリカにずっと住めるようになった人が、なぜ、どこで、どうやって、日本へ帰る選択をするのだろう?

関連事項として、6月に帰国された作家の阿木慎太郎さんの講演とその内容について感じたことを、まとめていました。
70歳過ぎると在米日本人は日本へ戻りたがる。その理由は?」 

今回の取材を通して、その時には見えてなかったことも、いくつか見えるようになり、状況がより立体的に理解できた気がしています。

日本帰国の選択理由として、「車の運転」と「病院のシステム」を挙げる方は確かに多いのですが、実は他にも人それぞれに考えるべきことがあって、本当の理由は千差万別のようでもあります。今回は、軽く医療や年金のことなどをカバーしつつも、日本に帰る決断をした方々と、アメリカにとりあえずは残る決断をしている方々、合計6名にインタビューをさせていただきました。

暑いハワイにいながら、ロサンゼルスやシアトル、日本へとスカイプをつないでインタビューするのは、なかなかに面白い体験でした。

日本にいたって、郊外や地方は車が必需品な場所も多いはずです。実際、自分の父親も70歳くらいで車の運転は止めて、車も売りました。ちょっとメニエール病っぽい、習慣的な目眩が出たのがきっかけでした。その後、母が入院したりすることにもなって、バスやタクシーを使いながら、見舞いに行くのは、なかなかたいへんだったと思います。病人はもっとたいへんだったことでしょう。

出張の帰り、空港まで送ってもらっていた自分も、何となく、大切な触れ合いの場が途切れてしまったようで、寂しい思いもしました。でも、空港から暗い夜道をひとりで運転して帰ることもないわけで、近所のバス停まで王kってもらって、見送ってもらうようになったのも、悪くはない変化でした。

実際、ロサンゼルス近辺で運転をし続けるのは、怖いものがあるかもしれません。皆、アグレッシブですからね(笑)。今はフリーウエイで80マイル(120キロ)くらいでガンガン飛ばしている自分も、目が見えにくくなり、自分の反射神経を疑うようになったら、60マイルの人になってしまうのでしょうか。そんな風に、危なっかしい自分を意識しながら運転するのは、不安でイヤですね。

シアトルとかポートランドとか、バスだけでもかろうじて生活できそうなところに移動するとか。いっそ、やっぱりハワイか。それとも日本…?

65歳というのは、年金がもらえるようになる年齢だったのですが、1960年以降に生まれた僕なんかは、67歳にならないといただけなくなりました。あと15年かぁ…。

意外にすぐ?(笑)

ま、強制的にリタイアしろって言われてるわけじゃなくて、働きながら年金ももらえるんだから、いいことなんだろうけれど、年金もらう人になった時点で、少しセルフイメージも変わっていきそうですね。

自分はどこでも生きていけそうには思うのですが、その時点でひとりなのかふたりなのか、それとももっと多い人数で暮らしているのか。そんなことにも大いに関係してくる話です。まだまだ未来はミステリー。

『ライトハウス』ロサンゼルス最新号の中身は、こちらの電子版ですべてご覧いただけます。特集もぜひ読んでみてくださいね。