
先週の、人生再起動クラブのグループセッションでは、
生と死、なんてテーマで15−6名の皆さんとお話をしました。
世代や、背景に関係なく、日頃は話すことのないトピックスで、心を刺激しあえるのは、本当に素敵です。
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先日も、身近な名前の有名なスターが亡くなられたりして。
大人世代になればなるほど、「死」を意識する場面が増えていくのは、まあやむを得ないことでしょう。
セッションの中「お葬式」の話になって、アメリカ在住の参加者から、
「セレブレーション・オブ・ライフ」という言い方で、
故人を偲んで悲しむというよりも、その人の生きた証を皆で祝い合う、
とても明るい感覚の場として演出された会に参加して良かった、
そんな話がシェアされました。
他にも数名のアメリカ在住者さんが、知ってる〜と同意の声。
人の「死」にフォーカスをするのではなく、「生きたこと=生命」を祝う喜びの場。
日本だと、不謹慎、みたいなことを言われがちかもしれませんが、
アメリカでは、今、あちこちで催されて人気のようです。
身内だけでお葬式を終えた後の、アフターパーティ的な感覚、ですね。
がんがん騒いじゃうぜ〜、みたいなノリから、結婚式のスライドショー的なものまで、
きっと故人に合わせて、趣向を凝らした内容になるのでしょう。
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お葬式とかにまつわる「義務感」みたいなものが、得意ではない私ですが、
そういう会は、素敵だな、と思います。
自分も、別に涙してほしくなんかないので、単に集まるきっかけとして利用してくれたらいいし、
単純に、パーッと華やかな場として、祝ってほしいですね〜。
せっかく楽しく生きてきたんだし、
この人と一緒の時間を過ごせて良かったねって、
そんな風に皆が笑ってくれる時間があれば、本望なのかな、って。
世界に散らばる皆が集まるのって、たいへんだし、
ZOOMでオンラインでやってくれたら、それでいっかな(笑)。
…というか、そういうのすら、なくてもいいかな、と思う自分もいたりします。
報せを耳にしたとき、それぞれが、心の中で、なんらか感じるんだろうし、
それが秒単位であろうとも、もうすでに十分過ぎるほど、十分なのかもしれない、なんて。
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3年前に、よく一緒に遊んだ親友のご主人(同い年)が旅行中のハワイで突然死したのですが、
息子が小学校を卒業したよと、友がラインで写真を送ってくれました。
命は繋がれて、生き続けているんですよね。
子どもがいないと、どうなんだろう?
そんなことも少し考えさせられる本を、ふと手に取りました。
Kindleの日替わりセール、本がたまりにたまって危険です(笑)。
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「親をどうする」ってタイトルなんですが、
いやいや、「自分をどうする?」っていうことばかりが頭を渦巻く、
とっても良い本でした。
マンガだからこそ表現できる世界観。
おすすめです。