やりたいことがわからなくても別にいいんじゃないか

i have no idea what I want to do

僕が本当にやりたいことに気づいたのは、45歳を過ぎてからでした。

それも気づいたというよりも、もともと知っていたのに、封じ込めている自分がいて、その自分を押しのけてみたら、フワーッと表面に浮き上がって出てきた、あぶり出し文字のようなものでした。

最近、いろいろな世代の人から「自分のしたいことがわからない」とか、「何に向いているのかわからない」という言葉を聞きます。とくに今みたいな仕事をするようになってから、大いに聞くようになったのがその言葉です。

まるでそれは、わかってないといけないのに、できない自分がおかしい、と責めているかのようです。実際に彼らは一様に辛そうに言うし、もどかしそうで、見ているこちらも同情したくなります。ウェブで探すと「やりたいこと発見セミナー」とかがいっぱい出てきて、そういう時代なんだなあと不思議な気持ちなっていきます。

「俺がそういうのを多少なりとも分かるようになったのも、45過ぎてからだよ」って言うと、ひどく驚かれます。

でも、事実なんだからしょうがない。

大学生の頃から、自分が何に向いていて、何を天職とすべきかなんて分かっている人はいるのでしょうか。いませんよね、きっと。

あるとしたら、目の前のことが「好きか」どうかだけ。あるいは、「辛いけど、我慢に値するかどうか」という、すごく低レベルの基準値でものごとを判断するのが精一杯。

たいていの人は、その時その時で、目の前のことをしょうがないから一生懸命やっています。一生懸命やっている内に、でも、だんだんと面白くなってきたりします。面白くなると、もっとのめり込んで、そのテーマに深く入っていくから、詳しくなるし、上手になるし、得意になる。人から頼られるようにもなって、嬉しくなって、さらにまた頑張って成長する。そして気がついたら、好きになっている。

やりたいことなんて、早くから決めつけてしまわない方がいいと思います。自分はこれって決めちゃって、それしか見ない人生になったら、経験の幅が狭くなってしまいそうです。実際、やりたいことって、次から次へとたくさん出てくるものですしね。

目の前に与えられたことを全力でやってみる。成果が出るまで、必死に食いついてみる。そうすると、あれ、この仕事、自分に向いているかもしれない…。そんな風に思える瞬間が来たりするんですね。

今の会社で一番になってから、次の場所に移りなさい。それまでは学ぶべきことがいっぱいあるはずだから必死に頑張れ、と、22歳の時に通っていた「宣伝会議のコピーライター養成講座」で話してくださった講師がいました。その言葉がなぜかずっと心に刻まれています。