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人は星が導くままに生きている。西洋占星術のセッション体験から思ったこと

先日、Facebookで懐かしい名前に出会いました。アメリカ人で、普段、英語でエントリを書く方のせいか、あまりタイムライン上に出てこなかったりするのですが、右上の誕生日リストに名前が浮かんでいたので、思わずクリックしてバースデー・メッセージを書き込みました。

その方とは、アリス井上さん。西洋占星術や風水をベースに、ライフコーチングまで行っているハワイ在住の女性です。ハワイで最初に務めた会社からのお付き合いだから、もう17年とかになるでしょうか。

4年くらい前の春、西洋占星術師として人と星との関係とを見ながら、過去、現在、未来についてコンサルテーションを行う彼女に自分のことを見てもらう機会がありました。

今年中には永住権も取れそうだし、さて、ここからどこへ向かっていこうか、そんなことを考えていた頃、何のきっかけだったか、彼女から招待をいただいたのでした。「ぜひ一度、私がどういうことを今、ビジネスとしているのか実際に体験してもらいたいの。」

たいして何かしてさしあげてたわけじゃないのですが、雑誌やウェブで占いのコラムを持ってもらったり、風水師としての活動を取り上げたりしたことを、いつまでも恩義に感じてくれていたようです。

これはチャンス。1時間のセッションで175ドルほどチャージする彼女のサービスを体験させていただけるのは願ってもないことです。ましてや未来の姿が変化の様相とともにぼんやりとし始めた頃。地元メディアに取り上げられた彼女は、一躍、超人気者となって、ウェイティングリストが数カ月先まで埋まっているほど。急を要する人は、100ドルの特急料金を追加して診てもらっているような時期に、オファーをいただき感謝しながら出かけました。

彼女に伝えたのは、生年月日と生まれた時間、そして出生地。時間は大事なのだと強調されました。なぜならば、「星の位置」がずれていたら、そもそもの運命が変わってしまうからだと。

彼女のオフィスを訪ねると、生まれた時の天体の様子が再現されたチャートと、現在を基軸として前後1年半くらいの範囲の機運がマッピングされたチャートを渡されました。そして1時間に渡って展開された対話。

「198x年に何か大きな動きはあった? 移動したり、何か活動の舞台とする場所が変わったり。」

彼女が聞いてくる年号は、実に興味深いものばかりでした。なぜなら、それらは新しい街へ引っ越した年。転職をした年。ハワイへ移住した年。すべて、人生という大きな海の中で、潮流が変わるような意味深い出来事があって、自分が記憶している年号ばかりだったのです。

その他にもいくつか、自分の過去におけるエポックメイキングなイベントが起こった年や月まで彼女は言い当てました。具体的に何かまではわからないけれど、どんな大きさで、どんな影響を与えたのかということが星の動きに出ているのだそうです。

驚いたのは、未来の話でした。

「来年の春に何か大きな変化があるように出てるわ。それも1994年の夏と同じくらいのものすごく強いもの。何か計画とかある?」

1994年の夏とは、僕がハワイに移住した時期。実はまだものすごく漠然とでしたが、次の会計年度末である2月末くらいで、一度会社やハワイに区切りをつけて、別な場所で独立をしたいと考え始めていました。でもそれはまだ10カ月くらい先の話であり、本人でさえ確証を持って考えていない状態なのに、なぜ分かる…?

それからの1年。何かに導かれるように気持ちが高まって決意ができ、すんなりと社長退任も許され、次の行き先も決まり、春にはロサンゼルスに移り住んでいました。そこに自分の作為は何もない、と言っても良いくらい、あらかじめ決められていたかのような自然さで、事が運びました。

「人は皆、星に導かれるままに生きているのか?」

不思議なセッション体験で思ったのは、そのことでした。自分の人生は、自分で舵を切ってきたかのように考えるわけですが、もうそろそろ辞めたいな、もうそろそろ動きたいな、今のままじゃダメだ、変えてかなきゃな。そんな思いは、すべて天体の動きが自分に働きかけていることで、「自分の意志」などどこにもないものなのか?

それまでにも運命について考えることは何度もありました。そのことを信じざるをえない出来事がたくさん身に起こったからでした。そのことが、ますます確証に変わったセッション。宇宙と自分は一体の存在なんだと思わせる出来事でした。

それはでも悪い気持ちではなく、何か大きなものに守られているような、安心感さえ呼んでくれたのです。スピリチュアルというよりも、ナチュラルな感覚。考えてみれば、当たり前だよね。そのくらいに自然に受け入れられる感覚でした。

運命は、しかし、変えられないものではないことも、感覚的に理解しています。そのことを腹の中にストンと落とさせてくれたのは、盛和塾で学んだ、「運命と立命」という考え方でした。長くなりましたので、また今度。

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