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カリフォルニアはかつては日本の男たちの憧れだったんだよなあ

Popeyecalifornia

先日、日本の友人がハワイ経由でロサンゼルスに遊びに来ました。最近、自分も引っ越して、ロサンゼルスのかなりど真ん中辺りにいるのですが、近所を車でグルグルしていると、何十年振りかで訪れた彼の方が、はるかに良くいろんなことを知っています。

最も自分があんまりにも知らなすぎ、ということはありますが。で、この辺のことについて、ちょっと考えてみたのでした。

ちょっと前まで働いていた会社では、大学生や専門学校生の研修や職場体験をひとつのビジネスとしていました。その関係で20歳前後の学生たちと話す機会があるのですが、彼らの中には、カリフォルニアのイメージというのがあまり明確にないんですね。アメリカと言えば、なんとなくニューヨーク・マンハッタンの街並みが想像されてしまって、こんな車社会のだだっ広いLAは、彼らの中のアメリカ像と食い違うようです。

僕もハワイに17年住んでいたわけですが、LAに来たのは7年くらい前のことで、長らく具体的なイメージを持たないままでした。ベニスビーチでスケートする人とか、サンタモニカの観覧車とか、スターの手形が押されているハリウッドの舗道とか、ビバリーヒルズの豪邸、高い椰子の木が両脇にきれいに並ぶストリート。

しかしそもそも、そんなイメージさえどこから来たんだっけ、と考えてみると、70年代の雑誌「POPEYE」にたどり着きました。今でも本屋で立ち読みした青い空が鮮明に浮かぶくらいだから、相当なインパクトがあったのでしょう。76年6月に、ananの増刊号として出版されたものなんだそうです。232ページを使った「カリフォルニア大特集」。ああ、これだ~と思いました。
(写真は、神田古本街の小宮山書店さんのブログからお借りしました。なんと!12000円だそうです。でも、読みたいなぁ~) 

1970年代半ば、当時の若者には、’60年代後半の学生運動のムードが尾を引き、反体制やシラケなどの気分が横溢していました。そんな中で『POPEYE』が提案したアメリカ西海岸の活気溢れる健康的なライフ・スタイルは衝撃的なものでした。時代の気分に飽きていた若者たちはすぐに飛びつき、熱狂的に支持しました。(dacapo ウェブサイトより引用)

これを見て、自分もアメリカに憧れたかというと、全然そんなことはなかったです(笑)。そもそもあんまり暖かなところとか、ビーチとかに興味なくて、それが後にハワイやロサンゼルスで暮らすことになるのだから不思議です。

この頃のカリフォルニアと言えば、やっぱりロックだったり、サーフィンなどのアウトドア・スポーツだったり、スポーツウエアだったり、そんなイメージです。中学から高校に上がろうとする自分に縁のあるカリフォルニアと言えば、桜田淳子さんの歌う、どこだかもまったく知らずに口ずさんでいた「サンタモニカの風」くらい…。(←このYouTubeの中で、徳光さんがサンタモニカの場所を説明しています・笑。)

後に矢沢永吉さんが移住されたりして、イメージがそういうオトコっぽい感じだったので、自分はまったく惹かれなかったんだろうなあと思います。ライブハウスとか、サンセット通りの楽器屋さんとか、メルローズ通りの古着屋さんとか、友人が一生懸命、目を凝らして懐かしそうに見てる姿を、不思議な気持ちで眺めてしまいました。

その後、どこでカリフォルニアが日本のメディアで取り上げられにくくなり、ニューヨークが主導権を握っていくのか、その境目とかを見つけてみたいなと思いますが、今の大学生にしてみれば、13年前の2001年のテロ事件の時に小学生だったわけで、それ以来、事あるごとに見せられるニューヨークの姿が、アメリカそのものになっていったとしても不思議ではないでしょう。

ポパイの特集から40年が経とうとしている今、LAもすっかり変わっているだろうと思うと、やっぱりいまだに青い空や音楽や映画だったりするけれど、今まさに、その魅力を少しずつ見つけていっている最中です。

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