70歳過ぎると在米日本人は日本へ戻りたがる。その理由は?

agi shintaro

『ライトハウス』のLA版で25年近く連載コラムを書いてくださっていたロサンゼルス在住の作家・阿木慎太郎さんが、ご夫妻で日本帰国を決意され、今日は記念のお別れ講演会がありました。ずっと楽しみに読んでくださっていたファンは無数にいらっしゃいます。今回は、その中から先着順で200名近くの皆さんを無料でご招待。華やかな場となりました。

今年初め、まだ社長をしていた頃に編集部のヘルプで「市民権vs永住権」というテーマで、特集記事を書いたのですが、その時に、日米の両方で活躍する会計士さんが、「皆、年をとると日本へ帰りたがるんですよ。そういう相談が本当に多いです」とおっしゃっていました。

ハワイではあまり聞かない話だったので、なんで何だろうと疑問に思いましたが、理由は2つ。「医療」と「車」だそうです。

日本の医療制度はシニアにはパラダイス

アメリカの病院のシステムは、とにかく面倒で、専門医に行こうと思っても、主治医を通して紹介され、保険会社の承認を経て、それからアポを入れ、ようやく行けるという何段階ものステップがあります。(保険の種類によっても違いますが。)検査は検査で専門の施設があって、そこに行って、後日、また主治医に戻って結果を聞いて、とこれもまた何段階かのステップを踏みます。検査も、これはこっち、それはあっち、と、検査の種類によって違う専門施設に行かねばならないことも多々あります。

そんなことをしている内に、おかしいな、行こうかな、と思っていた理由が治ってしまったりしたこともあったり、その時は、一度ちゃんと診てもらおうと思っていたとしても、「面倒だな、別にまだいいや」となって、止めてしまったりしたこともあるくらい。あちこちで待たされている間に、より具合が悪くなることだってあるでしょう。(今ちょうど、退役軍人専門病院で、待ち時間が平均で100日を超えているとかで、隠蔽工作も発覚して大問題に発展しています。)

自分のように軽い話ならまだ許せますが、持病を抱えたり、シリアスなコンディションになってくれば、時間ファクターや何軒も訪ねて歩くエネルギーは相当なもの。英語で難しい病気の話をされることも大きな負担になるでしょう。

日本は、今でこそ大病院で初診料を値上げするとか、いろいろなことが出てきてますが、それでもまだアメリカの面倒さや高額な費用負担に比べれば何でもない。天国のような制度に見えます。それが魅力で帰ろうとなるのは、十分に理解できるところです。

車を運転しないでどこでも行ける日本

そして車。日本の場合は、とにかく電車とバスという公共の交通手段が「アテになる」ので、多少郊外であろうと車なしでの生活も平気なわけです。しかしアメリカ、とくにロサンゼルスでは事実上、無理です。ひとり一台、車がないと、生活が不便で不便でとても暮らしにくいはず。難しい、ではなく、無理、というレベルだと思います。

ちょっとお塩がない、買いに行かなきゃ、という時にも、車に乗って、混雑する街に出て、駐車して、とやるのは、なかなか骨が折れるモノ。まして高齢になってくると、運転はどんどん怖くなってくるので、家に閉じこもりがちになることでしょう。でも車に乗って外に出ないと簡単な用も足せないし…。

散歩がてらに近所のコンビニで、というわけには行かないロサンゼルスの事情。それは日本人だけではなくて、アメリカ人シニアにとっても厳しいはずです。皆、どうやって解決してるのでしょうね。ケアハウスに喜んで入りたがるシニアがいるのも、そういう理由だったりするんでしょうか。

阿木先生も、まさにこの2つを理由に上げられていました。とくに医療の問題。一度日本に帰国して住む場所を決めた後、最後にまた戻られて、車でカナダへ行き、そして最終地フロリダまでアメリカ横断。そしてそこから日本へご帰国だそうです。

アメリカ横断かぁ…。一度はやってみたいなと憧れます。

そうそう、ハワイではあんまり聞かなかった、70歳過ぎたら日本へ帰る、という話。それはなぜなんでしょう。日本語で受けられる病院がいくつかあり、ホノルル界隈もコンパクトだったりするし、バスも発達しているので、それなりに暮らせてしまうということなのでしょうか。たまたま自分がアンテナ張っていなかっただけかもしれませんけどね。

会場にいた200名。阿木先生と近い70代前後の方が多かったようにお見受けしました。40代近辺の「若い方」もチラホラ。皆、それぞれの立場で自分の人生を振り返り、未来に思いを馳せ、この先の人生について考える良い機会になったことと思います。

阿木先生の年齢まで自分はあと25年近くあるわけですが、その頃、果たしてどこにいるんでしょうね。そして、何をしているのかな…。25年前って、自分はまだひとつめの会社で四苦八苦してて。転職を夢見ていた頃。あそこからここまでの長い距離をこれから生きるのか。それだけでも果てしない道のりに思えます。しかし、同時に、何でもできるな、と希望も湧いてきます。人生、マラソンなんですねえ、やっぱり。